大阪地方裁判所 昭和54年(わ)6327号 判決 1980年11月05日
被告人 岡田信雄
明四三・三・一二生 会社役員
主文
被告人を懲役二年に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、大阪市西区本田町二丁目一八番地の一六所在岡田海運株式会社の代表取締役であつたものであるが、同社と株式会社高木建設(代表取締役高木正視)との間で締結された「岡田海運新町ビル新築工事」請負契約に基き、その工事代金として、右岡田海運株式会社より右株式会社高木建設に対し、満期をいずれも昭和五一年一二月三一日とする別紙記載の約束手形六通が昭和五一年七月一二日以降それぞれ振出されていたところ、岡田海運株式会社において満期における資金が逼迫するなどのことから右各手形の満期以降における決済を一時免れようと企て知人の柴橋秀彦等と共謀のうえ、予め「右手形は、同人が昭和五一年七月一二日に岡田海運株式会社から流通には使用しない約束のもとに借用したもので、昭和五一年一二月二〇日までに必ず返却する」旨を記載した右柴橋秀彦名義の虚偽の借用書一通を作成したうえ、昭和五一年一二月二七日岸和田市岸城町二七番一号大阪地方裁判所岸和田支部において、同支部裁判官高橋金次郎に対し、債権者を岡田海運株式会社、債務者を柴橋秀彦、第三債務者を株式会社三井銀行及び株式会社中国銀行として、申請の趣旨を「債務者は、右約束手形の取り立て、また裏書譲渡その他一切の処分をしてはならない。ただし遡求権保全の行為はすることができる。第三債務者らは、右約束手形金の支払をしてはならない。」とする仮処分決定を求めるとし、その申請の理由として「右約束手形は、岡田海運株式会社が株式会社高木建設の顧問をしている右柴橋秀彦の依頼により同社の資金繰りのため、同社への融資先に単に見せ手形として使用するだけで、流通には供しない約束の下に昭和五一年七月一二日受取人、振出日をいずれも白地として同人に貸し渡したものであるのに、同人は、再三の催告をうけたにも拘らず返済期限である昭和五一年一二月二〇日後も返却しないので、このまま本件手形が流通におかれ満期に支払呈示がなされると、岡田海運株式会社は重大な損害を蒙るので、右柴橋秀彦に対し、右約束手形の引渡請求訴訟を準備中であるが、その判決を得るまでには相当の日時を要するので、右引渡請求権を保全するため仮処分申請に及んだ。」旨を記載した債権仮処分命令申請書及び添付資料として右申請書の趣旨に沿う前記内容虚偽の借用証、被告人作成名義の内容虚偽の報告書二通等を提出し、よつて即日、同所において、同裁判官をして右申請書記載どおり誤信させ、保証金二、五〇〇万円で右申請の趣旨どおりの仮処分決定をなさしめ、これを同裁判所から同月二九日右柴橋秀彦他第三債務者である株式会社三井銀行大阪西支店及び株式会社中国銀行大阪支店に送達受領せしめ、その結果右第三債務者らをして右仮処分決定を理由に、右手形の満期以後、株式会社高木建設から裏書交付を受けた右手形の所持人たる豊中信用金庫の支払呈示を受けた際、右手形金額の支払を拒絶するに至らせ、もつて岡田海運株式会社をして、右手形の満期以降その決済を一時免れさせ、同手形金額相当の金員の支払を一時することなく財産上の利益を得さしめたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は、刑法六〇条、二四六条二項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、(1)被欺罔者と財産上の被害者が異なる場合に詐欺罪が成立するためには、被欺罔者において、被害者のため、その財産を処分しうる権能又は地位のあることが必要であると解されるところ、本件仮処分の訴訟構造からして、被欺罔者である裁判所(高橋金次郎裁判官)は、被害者である豊中信用金庫のため、その財産である本件約束手形上の権利を処分しうる地位になかつたから、本件は詐欺罪の構成要件的定型性を欠き、(2)次に岡田海運株式会社は本件仮処分決定後、手形判決により本件手形金額とこれに対する満期以後の手形法所定率による利息の支払を命ぜられ、この趣旨に沿つて結局本件手形の所持人と示談するに至つているのであるから、同社は本件の所為によりなんらの利益を得ておらない、よつていずれにしても被告人は無罪であると主張する。そこで先ず所論(1)につき判断するに、そもそも被告人が本件で得たような仮処分決定は、振出人の約束手形返還請求権を被保全権利とする、いわゆる不渡処分回避の仮処分といわれるもので、かかる仮処分は善意の手形所持人の権利を害するおそれが大きいということから、一部の批判があるものの、執行官保管による仮処分では仮処分債務者の占有にある目的の手形を取り上げることができなく、その余裕もなく、しかもこれが所持人の取引銀行を通じて取り立てられた場合、振出人は手形額面額に相当する金員を支払先銀行に提供して異議を申し立てない限り不渡処分を免れないなどという必要性から、その当否及びその発令は慎重になさるべきであることは別として、一部の裁判所によつて認容されている類型の仮処分決定であつて、この決定主文の一、二項と右のようなこの種仮処分が認められるに至つた縁由更には第三債務者である支払場所の銀行に債務者から取立委任を受けた者であるか、または善意の取得者であるかを判断させるのは相当でないことなどからするとこの類型の仮処分決定により仮処分債務者はもとより、同人から裏書譲渡などによつて係争手形を取得した所持人は、それが仮処分債務者から真実は取立委任を受けた者であるか否かを問わず、一律に満期に支払場所に手形を呈示して手形金の支払を受けることができなくなり、この実効を期するため支払場所である銀行を第三債務者として、当該手形金額の支払を一律に禁ぜしめたものと解されるのであり、これを本件についてみると、被告人等は本件手形の実際の振出日に合わして、岡田海運株式会社が株式会社高木建設の顧問である柴橋に同社の融資の便宜を図つて単に見せ手形として使用する約束のもとに本件手形を振出日、受取人白地で振出交付したものであると主張し、これに沿う疎明資料を捏造して手形の満期直前仮処分申請をなして本件仮処分決定を得たものであり、被害者である豊中信用金庫は右高木建設株式会社から本件手形の裏書交付を受けたものというのであるから、被告人等の仮処分申請における主張からすれば本件のような仮処分決定が発令されたこともあながち不当とはいえず、被害者豊中信用金庫は正に本件仮処分決定によつて、満期に支払場所である銀行において手形を取り立てることができない関係人であつて、本件仮処分決定によつて支払場所である銀行が支払を拒絶したのもなんら不当な措置ではない。右の次第で被告人等が捏造した内容虚偽のこのいわゆる不渡処分回避の仮処分申請に対しては裁判所は、満期時手形所持人であつた被害者の豊中信用金庫の本件手形上の権利を右の限度で処分しうる地位、権能を有していたものと認められ、次に所論(2)につき考えるに、詐欺罪にいう財産上の利益とは、財物の交付を受ける以外の財産上の利益をいいそれが積極的利益であると消極的利益であるとを問わず、また一時的利益であるとを問わないと解されるところ、これを本件についてみると、本件のいわゆる不渡処分回避の仮処分によつて、岡田海運株式会社は、本件各手形の満期以降、各支払場所である銀行において、当初の目的どおり手形額面相当の金員を準備調達することなく、一時本件各手形の決済を免れ、決済資金に逼迫していた窮状を脱したというのであるから、正に同社は財産上不法の利益を得たものというべく、いずれにしても弁護人の主張は理由がないから採用できない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 上田誠治)
別紙(略)